吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
No.42
“総還元利回り”効果と算出の留意点(2)
2023年01月04日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- 総還元利回りは配当利回り+自社株買い利回りにより求められる。
- 企業が公表した自社株買い予定(上限)を用いると、総還元利回りに高い銘柄選択効果が確認された。
近年、企業の株主還元姿勢が重視されるなか、株式投資における投資尺度においても、配当利回りに“自社株買い”も考慮した“総還元利回り”が注目されています。今号では、前号に続いて総還元利回りをテーマに取り上げます。前号では、“総還元利回り”を利用する上での留意点として、総還元利回りを算出する際に、「対象となる企業が過去にどの程度、自社株買いを行ってきたか」という情報を用いると、総還元利回りによる銘柄選択効果は、配当利回りによる効果とほとんど変わらない結果となることを示しました。自社株買いを考慮して指標を計算しても、追加的な銘柄選択効果は得られないということです。過去に自社株買いを行ってきたことは、たしかに企業の株主還元姿勢の強さを示すものです。しかし、「将来も自社株買いを行うこと」と直接関係するものではありません。そこで今号では、”将来の自社株買い予定”を用いて総還元利回りを算出します。具体的な計算は次のように行います。総還元利回り(1)を配当金支払い額に関する部分と、自社株買い金額に関する部分の2つに分けます。
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自社株買い金額 株式時価総額(自社株買いによる株式分は除く) (1)
(1)の右辺第1項は配当利回り、第2項は自社株買い利回りと呼ばれます。配当利回りの部分は通常、予想配当利回りを用います。すなわち(2)です。
今回の計算に用いた予想配当金に関しては、東洋経済新報社の今期の1株当たり予想年間配当金額を用いています。次に、企業が公表する自社株買い予定を用いて、自社株買い利回りを(3)により求めます。
企業は自社株買いを決定すると、それに関するお知らせを自社のウエブサイト等を通じて公表します。この際、[1]取得予定総額(上限)、[2]取得予定株数(上限)、及び取得予定期間などが示されます。(3)の右辺の分子は、[1]取得予定総額から企業が既に買い付けた分を除いた残りの“自社株買いの余力”となります。ただし、[1]取得予定総額(金額ベース)が上限に達しなくても、株数ベースでの買い進捗が[2]取得予定株数の上限に達すると、自社株買いは終了してしまいます。そこで、[2]の自社株買いが株数ベースで上限に達した段階で、企業の“自社株買いの余力”は無くなったと捉えて、自社株買い利回り=0とします。
こうしたルールで計算した総還元利回りの銘柄選択効果がどの程度となるのか、検証しました。
具体的な検証方法を確認しましょう。2017年末から、毎月末にユニバースであるTOPIXの構成銘柄の中から、総還元利回りが魅力的な銘柄の上位20%までを抽出します。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、総還元利回り上位銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年11月まで、2018年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。また、有効性を比較するために、予想配当利回りと、前号で定義した総還元利回り(配当は予想値、自社株買いは過去3年の実績値の平均)でも同様の計算を行い、累積超過リターンを図表に示しています。
ここで最も注目したい点は、今号で定義した総還元利回り(企業が公表した自社株買い予定総額から既取得分(進捗分)を除く)のパフォーマンスが最も高いことです。予想配当利回りや前号で定義した総還元利回りと比べても安定して上回っています。
総還元利回りの銘柄選択効果は有効であることが確認されました。ただし、計算に用いる自社株買いの情報は、過去の自社株買いの情報ではなく、“企業が公表する取得予定に基づいた自社株買い余力”の情報を用いる必要があるということには留意が必要です。
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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