吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』

No.41
”総還元利回り”効果と算出の留意点(1)

2022年12月16日号

投資工学開発部
吉野 貴晶

金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。

  • 総還元利回りは配当利回り+自社株買い利回りにより求められる。
  • 総還元利回りは高い銘柄選択効果が確認された。ただし、過去の実績を用いて求めた自社株買い利回りでは、配当利回りの効果と比べて追加的に期待される銘柄選択効果が高くない。

今号では、“総還元利回り”にどの程度の銘柄選択効果があるのかを確認し、利用する上での留意点を取り上げます。

近年、企業の株主還元姿勢が注目されています。企業が稼いだ最終利益(純利益)は株主に帰属します。純利益のうち企業が内部留保する分は、ROEを高められる生産能力の拡大や新規事業にのみ投資すべきで、これ以外は現金・預金として保有せず、配当や自社株買いとして株主に還元すべきとされます。株主還元の尺度を測る代表的な指標が配当性向(企業の支払い配当額÷純利益)です。利益のうち、どの程度の割合を配当として支払ったかを測る指標です。さらに、1株当たりの配当額に対して、必要な投資金額となる株価がどの程度かを測る配当利回り(1株当たり年間配当金÷株価)も、企業の株主還元の観点では重要な投資尺度です。また、企業が株主還元を行う方法には“自社株買い”もあります。自社株買いは、企業が自らの資金で発行している自社の株式を買い戻すことです。“1株当たり純利益(純利益÷自社株買い分を減じた発行済株式数)”が増えるため、株主価値が高まり株価の値上がり益が期待されます。“配当として現金をもらうこと”と“自社株買いにより株価の値上がり益を享受すること”は、株主が投資収益を得る経路として異なるように感じられるかもしれません。しかし、企業側から見れば直感的で分かりやすいものです。獲得した利益のうち設備投資するための元手として内部留保する以外は、“株主に配当として支払うこと”も“自社株買いをすること”も、どちらも株主へ還元するために財務活動として会社からキャッシュアウトするということです。

こうしたなか、近年は配当利回りに自社株買いも考慮した“総還元利回り”が注目されています。総還元利回りは(1)が基本式となります。

総還元利回り= 配当金支払い額+自社株買い金額 株式時価総額(自社株買いによる株式分は除く) (1)

(1)を算出するにあたりデータのインプットには、分母の株式時価総額は直近値を用いる一方で、分子の配当金支払い額と自社株買い金額は、直近の実績年度決算のデータを用いる方法がリーズナブルです。例えば、3月期決算企業を対象として2022年10月末時点で算出するのであれば、分母の時価総額には10月末の値、分子は既に年度の本決算が発表されている2022年3月期の実績値を用います。なお、配当利回り(1株当たり年間配当金÷株価)を算出する場合、分子の配当金には会社発表、あるいは様々な情報ベンダーなどが提供する予想値が広く使われます。たとえ過去の実績配当金で計算した配当利回りが高くても、今年度に減配される可能性があるからです。取得可能な当年度予想値の配当金を使ったほうが、より実勢が反映されます。

ここで、総還元利回りにも配当金の部分に予想を反映させる方法を考えます。(1)を配当金支払い額に関する部分と、自社株買い金額に関する部分との2つに分けると(2)となります。

総還元利回り= 配当金支払い額 株式時価総額(自社株買いによる株式分は除く)

自社株買い金額 株式時価総額(自社株買いによる株式分は除く) (2)

(2)の右辺第1項目は配当利回り、第2項目は自社株買い利回りと呼ばれます。配当利回りの部分は通常、予想配当利回りを用います。すなわち(3)です。

(予想)配当利回り= 1株当たり予想年間配当金額 株価 (3)

今回の計算に用いた予想配当金に関しては、東洋経済新報社の今期の1株当たり予想年間配当金額を用いています。次に、自社株買い利回りを(4)により求めます。

自社株買い利回り= 過去3年間の年間平均自社株買い金額 株式時価総額(自社株買いによる株式分は除く) (4)

企業の自社株買い金額は毎年異なります。今回は過去3年間の平均値を用いることにしました。実際のデータは、企業が決算発表の際に公表するキャッシュフロー計算書の“自己株式の取得による支出”を用いています。このようにして求めた予想配当利回りと自社株買い利回りを合算して総還元利回りを計算します。そして、この総還元利回りにどの程度の銘柄選択効果があるのかを検証しました。

図表:総還元利回りと配当利回りの累積超過リターン

  • ・分析期間は2018年1月から2022年10月まで。分析ユニバースはTOPIX対象銘柄。
  • ・毎月末時点で対象銘柄のそれぞれの指標を計算し、指標の魅力的な順に上位20%までの銘柄に等金額投資した場合のリターンから、同月のユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いた超過分を求め、2018年1月から累積。
  • 出所:東京証券取引所と東洋経済新報社のデータを基に、ニッセイアセットマネジメント作成

具体的な検証方法を確認しましょう。2017年末から、毎月末にユニバースであるTOPIXの構成銘柄の中から、総還元利回りが魅力的な銘柄の上位20%までを抽出します。こうして選んだ銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、総還元利回り上位銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2022年10月まで、2018年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察していきます。

総還元利回りのグラフが右肩上がりとなっていることは、長期的に当指標の有効性が高いことを示しています。ただし、図表中の丸印で示した2020年は総還元利回りのグラフが低下しており、有効性が厳しい局面となりました。2020年は新型コロナウイルス感染症が拡大した最初の年でした。2020年4月には緊急事態宣言が発令されて、経済活動が停滞することへの不安が株式市場でも広がりました。企業が保有していた現金が営業活動への手当てに向かう可能性が考えられ、配当や自社株買いなど株主還元する余裕が厳しくなると見られたことも総還元利回りの有効性低下の背景にあります。しかし、その後のコロナ禍からの経済活動の回復が進むなかで、再び総還元利回りのグラフは右肩上がりとなり有効性を回復してきました。

とは言うものの、留意点もあります。図表では有効性を比較するために(予想)配当利回りでも同様の計算を行い、累積超過リターンの推移を示しました。すると、配当利回りの効果は総還元利回りの効果とほとんど変わらない結果となりました。これは、(2)総還元利回りと(3)配当利回りの差の部分、(4)自社株買い利回りの銘柄選択効果が限定的であることを示しています。今回の自社株買い利回りの計算については、過去の実績を用いて指標を算出しました。次号、本シリーズ第2号の“総還元利回り”効果と算出の留意点(2)”では、別のアプローチによって自社株買い利回りから総還元利回りを求め銘柄選択効果を高めていく方法を紹介します。

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