アナリストの眼

食品企業の挑戦:インフレ継続をチャンスに変えられるか

掲載日:2024年12月13日

アナリスト

投資調査室 高木 佑太

ここ数年、さまざまなサービスや商品の価格が上がってきており、私たちの生活にも大きな影響を与えています。食品業界もその一つで、天候の変化や地政学的なリスクなど、様々な要因が重なって原材料の価格が高騰し、それに伴って食品価格も大きく上昇しています。私自身、これまでデフレの環境に慣れていたために、商品の価格とは時間の経過とともに下がるという考えが染みついていましたが、最近は日々の生活を通じて初めてインフレの影響を実感しています。このような時代背景のなかでの、食品企業の今後の調査観点について触れたいと思います。

「インフレと食品企業株価の関係」

まず始めに、食品業界においての価格改定と株価の関係性を掴みたいと思います。下図は、TOPIX相対食品指数(青線グラフ:2007年末を100とする)と生鮮食品を除く食料CPI(赤棒グラフ:年率)の推移を示しています。

TOPIX相対食品指数と生鮮食品を除く食料CPI

  • 出所:総務省「消費者物価指数」、Bloombergよりニッセイアセット作成

食品企業の株価が、過去にTOPIX対比でアウトパフォームしていた時期や要因については、以下のように分析しています。

  1. 2008-09年頃:小麦、大豆などの穀物を中心に輸入食品が価格高騰したことに対して価格改定や販促費用等の抑制を実施。その後に金融危機(リーマンショック)が生じたことも相まって、食品企業の業績安定性も評価された局面
  2. 2011-12年頃:東日本大震災や欧州金融危機のなかで相対的に食品企業の業績安定性を評価された局面
  3. 2015-16年頃:価格改定のほか、SKU(商品品目数)の削減などの自助努力による収益性改善策を評価された局面

過去を振り返ると、CPIの上昇局面での企業の自助努力によって利益率が改善するとの期待が高まった際や、景気鈍化局面でのディフェンシブ性が評価されていた局面といえるでしょう。

一方、2022-23年頃の株価推移はこれまでの傾向とは異なった動きとなりました。急激な円安や原材料相場の高騰のなかで、各企業は広範囲な価格改定を発表し、食料CPI上昇率は+10%近い上昇となりましたが、TOPIXに対してのアウトパフォームは限定的に留まりました。価格改定幅の大きさは経済指標に沿った適正な値上げでしたが、複数回の価格改定によって消費者の購買意欲が減少し、その結果、販売数量が減るリスクが意識されたのではないかと考えています。

「インフレ下での消費者行動」

では、ここ数年のインフレが食品購入に与える影響はどの程度でしょうか?
下図に示した、家計の消費支出に占める食料費の比率を表す「エンゲル係数」は、2013年平均では23.6%でしたが、ここ数年の相次ぐ価格改定の影響もあり2023年平均では27.8%へ上昇しています。このデータは食品支出への優先度の高さを表していますが、既に高い水準であり、これ以上値上げが続くと節約志向が高まり、消費が抑えられる可能性があります。「価格改定→食品企業の株価にとってポジティブ」と楽観的に考えられなかった要因だったと言えるでしょう。

二人以上世帯の1か月消費支出

  • 出所:総務省「家計調査報告」よりニッセイアセット作成

「賃上げと消費支出の動向」

続いて、消費者の実際の購買力や生活水準の変化をみるため実質ベースでの家計の可処分所得と食料消費支出の関係について確認します。下図は2010年以降の月次での家計の可処分所得と食料消費支出の実質増減率を表していますが、長い時間軸では可処分所得と食料消費支出について一定の関係性が確認できます。高水準のエンゲル係数を鑑みると、更なる食料消費支出には賃上げによる実質所得の増加が必要になるでしょう。

家計の可処分所得(実質)と食料消費支出(実質)

  • 注:二人以上の世帯のうち勤労者世帯
  • 出所:総務省「家計調査報告」よりニッセイアセット作成

「今後の展望と戦略」

そうしたなかで賃上げなどの動向に注目しています。最低賃金の引き上げやベースアップ、さらには103万円の壁引き上げに伴う収入増加や所得税の減税といった施策が、食品への支出増加へ繋がる可能性があります。

これまではデフレ下で原材料高のなかでも価格転嫁が難しく、利益が鈍化するとの懸念が食品企業の株価に対する重しとなっていました。しかし、持続的な賃上げが実現すれば、これまでハードルが高かった食品企業の価格改定も継続的に行えるようになり、原材料価格に対する収益の安定性が高まると考えています。インフレの継続をチャンスに変えるため、企業に必要な要素として、以下の3つが挙げられます。

  1. 経営陣のコスト高への対応力企業の基盤となる要素です。各事業部門と密に連携を取り、リアルタイムで状況を把握できる体制が整っていることが大切です。このような体制があれば、経営陣は市場の変化に素早く反応し、適切な対策を講じることができます。
  2. 価値訴求例えば、品質の向上や健康機能性のアピールを通じて、消費者に製品やサービスの価値をしっかり伝えることが重要です。このような価値訴求によって、原材料価格の上昇に見合った販売価格の引き上げが可能になります。ただ単に値上げを行うのではなく、消費者がその価値を理解し、受け入れることで、企業は安定した収益を確保できるようになります。
  3. 強固なサプライチェーンおよび最適な製造体制調達先の見直しや、市況の高騰を見越して長期契約へシフトするなど、柔軟な調達戦略が求められます。また、生産量に見合った製造体制への見直しも安定した事業運営に欠かせません。特に、天候不順による原材料確保の難しさが増しているなかで、サスティナブルな調達の重要性が高まっています。製造体制については、低収益商品の見直しやラインの統廃合を通じて生産性を改善することが大切です。

実際に、インフレの継続をチャンスに変えている企業もあります。
例えば、ある調味料を扱う企業では、原材料コストが上昇している中でも、顧客に「調理の簡便化」や「省人化」といった価値をしっかり伝えることで、製品が受け入れられています。特に外食市場においては、人手不足や店舗間での味の均一化にも貢献しており、顧客のニーズに応える形で成長を遂げています。

今後もさまざまな取材活動を通じて、企業の環境変化への対応力を探り、運用パフォーマンスの向上に繋げていきたいと思います。

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