アナリストの眼

データが導くヘルスケアのイノベーション

掲載日:2025年01月17日

アナリスト

投資調査室 八並 純子

AI技術の進展により、医療や研究で得られる膨大なデータを活用した新たなイノベーションの可能性がヘルスケア分野でも広がっています。ここでは注目しているイノベーションについて、3つの視点でご紹介したいと思います。

最初にご紹介するのは、「医療・介護従事者の負担軽減」で、AIを用いた自動問診・診断支援、患者等の遠隔モニタリングなどがあります。例えば、AIの自動学習機能を用いて電子カルテへの入力時間を削減したり、患者にあった質問を自動で作成したりする機能の提供であったり、AIの活用という視点では、最も実用化が進んでいる領域ともいえるでしょう。また、医療現場では、膨大な大腸内視鏡診断から得られるデータを活用した診断支援サービスが実用化され、保険点数の加算対象にもなっています。これは、大腸内視鏡検査中の画像をAIが解析し、ポリープ・がんなどの病変候補を検出するとリアルタイムに音と画面上の色で警告し、検出位置を枠で表示するサービス等が含まれ、検査時の医師をサポートするシステムです。さらに、患者から得られる生体情報を解析することで、集中治療室にいる患者の状態をリアルタイムで把握したり、睡眠状況等の入居者の一元的なモニタリングによる夜間介護負担の軽減なども行われるようになっています。将来的にはロボット技術との融合により、ロボット手術の精度向上や、人間のような活動ができるヒューマロイドロボットによる高齢者のバイタルデータの記録やモニタリングなど、医師、看護師、介護士の負担軽減が期待されています。

国立社会保障・人口問題研究所の令和5年推計によると、生産年齢人口とも称される15~64歳人口は、1995年の国勢調査で8,726万人でピークに達した後減少局面に入り、2020年国勢調査では7,509万人となっています。出生中位推計の結果によれば、2032年、2043年、2062年にはそれぞれ7,000万人、6,000万人、5,000万人を割り、2070年には4,535万人まで減少するとされています。医師、看護師や介護士の数が将来的に減少していくと想定される中で、現場から得られるデータを活用することで、いかに人がやらなければいけない業務に集中できるようにしていくかという視点は、今後ますます重要になるでしょう。

アナリストとして注目しているのは、バイタルデータの重要性の高まりとビジネスモデルの変化です。血圧などのバイタルデータは、ある一時点での健康状態を把握することに主に使われてきましたが、連続的に取得することで容体変化を把握する、或いは、これらのデータをAIで解析することで、患者の容態変化を予測したり、介護施設等での病気の早期発見や重症化予防に活用する事例がでてきています。また、内視鏡画像診断支援ソフトであったり、ICUでのモニタリングシステムやアラームマネジメント、介護施設での患者見守りシステムなどはアプリケーション・サービスの提供になります。従来の診断機器などの売り切りビジネスから、ソフトウエアの提供などのリカーリングビジネスの機会拡大につながり、収益性の向上や収益構造の安定化が期待されます。こういった変化を見据えてすでに事業構造の変革に取り組んでいる企業もでてきています。

つぎにご紹介するのは、「創薬への応用」で、機械学習などのAI技術を用いた化合物候補の最適化などがあります。創薬の研究段階では、目標とする有効性と安全性を持つ医薬品候補を得るために、膨大な種類の組み合わせを検討しますが、AIの活用により、人間の研究者では考えられなかったような候補物質の提示や膨大な組み合わせを試すことができるようになりました。独自のAI技術を開発し、創薬プロセスに機械学習の技術を適用し、得られた医薬品の開発候補品の臨床試験の開始に成功する製薬会社がでてきたり、最適化までの期間の大幅な短縮に成功した事例もでてきています。創薬候補物質の増加という機会の拡大と、効率化の両面に貢献しているといえるでしょう。

では、企業評価にどのように結びつけるのか、アナリストとして注目しているポイントは、インプットするデータの質や量、扱う人材の育成、経営者の覚悟などがあげられます。機械学習においては、いかに差別化されたデータをインプットするかが重要となるため、研究データ、臨床試験でのデータ、リアルワールドの臨床データなど、特定領域やモダリティなど、差別化された独自のデータベースの構築がより重要になるでしょう。生成AIを活用することで、さらに多くの組み合わせを試し、候補化合物を得ようとしている創薬ベンチャーもでてきています。膨大なデータをどう扱うのか、データサイエンティストの増強であったり、研究段階において、実験をするウェットな部分と、コンピューターを用いて解析や実験をするドライの部分の融合がより重要になると思われます。また、AIで全てが解決できるわけではなく、でてきたアウトプットからいかに最適なものを選択するか、最終的には人が決定します。これまでの創薬でも、最後は人の勘や知見、ノウハウが技術のブレークスルーとなった事例はいくつもあり、結果を分析しソリューションを導きだす力をより高めていく必要があります。何より、このような変化をとらえ、積極的に技術や人材に投資する経営者の先見性と覚悟が重要になると考えています。

最後にご紹介するのが、「個別化医療の進展」で、ゲノムデータの解析による疾患のリスク評価、より正確な診断によるそれぞれの患者にあった薬剤選択などがあげられます。個別化医療については、がんの病理検査を行い、発現している遺伝子を特定する分子標的治療薬による診断が行われてきましたが、最近では患者から得られる細胞を画像化し、得られる膨大な画像データをAIで解析し、どういった指標をみることが薬の有効性と関係するか、新たな基準をつくることで、薬に対する感受性、適合性を見ようとする事例もでてきています。例えば、がん表面の遺伝子の発現だけでなく、より詳細な発現形態を表現するパラメータの設定などがあげられます。将来的には患者さんの時間とともに変化するがん表面上の遺伝子発現を解析し、がんの遺伝子変異の変化にあった薬剤選択をタイムリーに提供していくといった可能性も検討されています。痛みなど、従来なかなか客観的に把握が難しかった領域でも、定量的なパラメータを設定しデータ解析することで、リアルタイムで客観的な疼痛モニタリング機能を提供する製品もでてきています。個人のゲノムデータの取り扱い、ゲノム検査の保険償還、薬剤選択肢の限界等、個別化医療の進展には課題も多いですが、将来のイノベーション機会として期待できる分野です。

この分野では、実現化のための臨床試験の設定、適切な治療選択肢の提供、具体的には各企業がどういった考え方に基づいて臨床試験を行っているかに注目しています。医薬品が承認されるためには、臨床試験で有効性を示す必要がありますが、その際、どういった患者属性に絞るのか、最も対象とする薬剤が効きやすい患者さんをどう選択するかが臨床試験の結果に大きく影響します。積み上げてきた治験やリアルワールドのデータを使ってAIで最適化を行い、客観的な基準(バイオマーカー)を見つけることができれば、臨床試験の成功確率の向上、しいては、患者さんの延命に大きく寄与することができるかもしれません。現在はがんの治療における個別化医療が進んでいますが、データが蓄積されより多くの事が解析されていけば、将来的には認知症等の精神疾患などにも機会はひろがるでしょう。

ヘルスケア業界においても、AIの活用により、効率化の進展とイノベーションの拡大が実現しつつあります。生成AIでつくられたデータの信頼性などの課題もありますが、これを機会ととらえ積極的に自社のオペレーションやイノベーション活動に取り入れることができるかで数年後の競争優位性が大きく変化している可能性もあり、企業の取り組み、経営者の考え方に注目していきたいと思います。

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