社外有識者(国谷裕子氏)
との対談
1. 企業がサステナビリティを推進する上で重要な点
国谷:大関社長はニッセイアセットマネジメントの社長として国内外の企業経営者や投資家の方と多くお話する機会があると思いますが、グローバルトレンドの変遷が企業活動にどのような影響を与えているとお考えですか。
大関:米中の対立や、ロシアウクライナ問題などの地政学リスクが顕在化する中で、足元、トレンドの変化が出てきたと思います。経済合理性に反しても、同じ価値観を共有する仲間との取引を優先することも増えてきており、サプライチェーンについても以前と異なる視点も考慮しなければならなくなってきています。
国谷:より複雑化した社会の中で、価値を共有するパートナーとの関係性が強くなります。エネルギー価格が高騰して、インフレ圧力も強いなか、気候変動対策などが前に進まなくなるのではないかという危機感も聞かれますが、大関社長のご認識はいかがですか。
大関:欧米の経営者と議論する中では、地政学リスクが顕在化した今だからこそ、依存を減らすために再生可能エネルギー、そしてサステナビリティを高めるよう動きを加速すべきという意見が大半でした。日本は資源を持たざる国ですので、中長期的に再生可能エネルギーなどを有効に活用していくという方向性が重要だと考えます。
国谷:御社では、サステナビリティ経営のスローガンとして「A Good Investment for the Future」を掲げていますが、従業員への浸透に向けて意識されていることはありますか。
大関:私が全役職員向けの経営課題ミーティング等の場で、スローガンに込めた思い等を繰り返し伝える機会を何度も設けることにより、意識の浸透を図っています。判断に迷うような事態に直面したときには、その取り組みが「A Good Investment for the Future」になるのかを自問自答して欲しいということです。また、スローガンに触れる機会を増やすため、全役職員の投票でロゴも作成し、会議資料や名刺等あらゆる部分に活用しており、役職員が日頃から目にするよう工夫しています。
2. 気候変動対策に向けて金融機関が果たすべき役割は高まってきている。投資先のゼロエミッション化に向けてどのように動いていくか。
大関:金融機関が資金ニーズに応えることで、世の中の流れを決めるという部分はあると思います。ESGに関しては、欧米で現実のものとなっています。もちろん、欧米の金融機関の人も慈善事業ではなく、ビジネス機会として捉えているからこそ本格的に拡大していると感じます。こうした動きを見ていく中で日本に期待したいところが見えてきます。日本政府が、国家戦略としてどう再生可能エネルギー、またカーボンニュートラルといったメガトレンドに合わせてどう産業振興をしていくのか、民間企業も含めた好循環を創出し国際的なプレゼンスも上げていくのか、今後の取り組みに期待しています。
国谷:EUのサステナビリティの担当責任者から聞いた話ですが、企業の側から規制を求めてくるケースが増えたとのこと。これは、中長期の投資をするにあたっては予見可能性が必要であり、様々な法律、様々な規制を活用して、予見可能性を担保してほしい、と。
大関:そうですね。金融機関において、エネルギー政策やカーボンニュートラルを目指す取り組みは、極めて技術的な話であり、インフラ的な話だと考えています。その意味で予見可能性の難しさはあるものの、日本の要素技術についてファイナンスという形で支援することが重要ですね。
国谷:御社がサステナビリティ経営推進に向けて策定したKPIの中で、ポートフォリオのカーボンフットプリントを2030年までに50%削減(※2019年度対比)という目標を掲げていますが、その目標の達成、そして、その先にある投資運用先のゼロエミッション化に向けてはどのように取り組んでいくのでしょうか。
大関:当社が50%削減するという数値目標を達成するだけであれば、ポートフォリオを変えれば簡単にできます。例えば、当社のポートフォリオの中で、約2%の企業のGHG排出量が70%以上を占めますが、その2%の企業の銘柄を外すだけでカーボンフットプリントは70%削減されます。ただ、これでは当社としてカーボンニュートラルを実現できたとしても、日本全体、世界全体のカーボンニュートラルの達成は難しく、意味のある取り組みとはいえません。やはり日本全体、世界全体でカーボンニュートラルを実現するためには、GHG排出量の多い企業の排出量を削減しなければなりません。そのためには、GHG排出量の多い企業に対して、しっかりとエンゲージメントを行っていくことですとか、GHG排出量を減らす過程で必要となる設備廃棄やイノベーションを実現するためのトランジションファイナンス、環境・社会課題の解決を目指すインパクト投資等を行っていくことが必要だと考えています。
3. ESG評価では投資先企業の開示が必要 人的資本・自然資本にも注目が集まる
国谷:投資先企業の評価にあたってはESGの視点での情報開示の重要性は高まっていると感じています。ただ、情報開示も複雑化してきていることに加え、最近は、特に自然資本や人的資本の開示が大事だというフェーズに移行してきたと思います。ニッセイアセットマネジメントとしてはESG評価においてどのような視点を重要視されていますでしょうか。
大関:ESG評価の考え方ですが、投資収益を上げるためにESG評価を実施している側面があります。環境にポジティブな行動のみをもってESG評価を高くすることはありません。ESGに資する取り組みが企業価値の向上にどう結びついているのか、具体的にはESGに資する取り組みが会社のビジネスモデル、事業構造と合致しており、取り組めば取り組むほど、収益や企業価値も上がるサイクルが構築されている企業は、ESG評価は高いです。人的資本の話も自然資本の話も本質は同じで、経験やトラックレコードを考慮してお話しすると、ESGのSのレーティングにおいては、従業員と経営の一体性という評価項目を入れており、その評価が高い会社は低い会社と比べて相当パフォーマンスが高いですね。この見方は、ガバナンスにも有効で、従業員と経営の一体性や人的資本はやはり重要です。人的資本は見えないものですが、事業戦略として位置付け、資源投下しているような会社には積極的に投資をしていきたいと思います。
国谷:自然資本の開示や評価も難しく、悩ましいですね。
大関:生態系への影響はよく話題になるわけですが、情報開示の仕方は難しいと思います。ただ、やはり時代が進むにつれて、モデルケースが出てきて対応が進むと思います。今話題になっているのは、サステナビリティ経営ですが、SDGsが登場したのは2015年で、当時は今ほど話題になっていませんでした。気候変動、温暖化とそれに起因する異常気象の発生が表面化したからこそサステナビリティの重要性が認識されてきました。生物多様性の維持については、一部の専門家が考える話であって、企業経営者には関係ないと思うかもしれません。しかし、気候変動であったり、環境変化の一番先駆けとして出てくるのは生物多様性が失われるということで、ある意味生物多様性は、先駆けとしての先行指標だと思っている。つまり生物多様性が損なわれているということは、サステナビリティが危ぶまれている可能性があるという重要なサインなので、注目する必要はあると考えています。
4. ESG投資において日本企業の開示は遅れているか
国谷:ESG投資やESG経営といった言葉をよく耳にするようにはなりましたが、日本企業の情報開示は全般的には、上手く進んでいないと認識しています。大関社長からご覧になって日本企業の開示状況についてどう思われますか。また、公的年金、企業年金等の中にもPRIの署名をしていないところも多く、欧米と比較するとESG投資という部分で動きがまだまだだと感じています。年金基金などの動きについては、どうご覧になっていらっしゃいますか。
大関:まず開示についてですが、会社によって非常に進んでいる・遅れているところもあるというのが現実です。ただ実際には、開示はやはりバランスが大事だと思っています。バランスというのは事細かに開示すればいいという話ではなく、必要なことをしっかりと開示するということです。色々なステークホルダーがいますが、我々は投資家なので、開示する項目については悪いインパクトも含めて社会にどう影響を与えているのかを記載することは絶対必要な条件です。開示する項目がどう企業戦略に結びついているのかということを踏まえて必要な開示をして欲しいです。また、年金基金などのPRI等に対する積極性については、日本生命の執行役員の木村武氏がPRIの理事をしていますが、様々な方面に情報発信して取り組みを促しています。これはPRIの理事として日本の現状に課題を感じているからだと思います。欧州では以前からフィデューシャリーデューティー(FD)とESG投資、そして環境配慮は全く矛盾しないという認識でいることが多いです。投資リターンも必要です。環境配慮もしなくてはならないし、環境配慮することはFDにかなっているのだと断言するわけです。米国では、ELISA法があり、分散投資やFDをしっかりと行い、経済的ファイナンシャルリターンを生み出すことが求められています。ただ、アメリカや日本の場合、ファイナンシャルリターン以外のものを考えることは、本当にFDなのか、受益者の利益にかなっているのかについて確信がない人が多く、場合によって少数かもしれません。アメリカの場合は訴訟になる可能性もあります。日本の話をすると、スタッフの人数が不足していることに加え、専門家も少ない中で負荷が重いと考えている人も多く、そのうえ投資で損失を出した場合に、説明責任を負うのは難しいと考えているのかもしれません。
欧州の場合、特にイギリスでは法制化されていると聞いていますが、企業年金を運営する側は、受益者がどういう意向を持った投資をしてほしいのかをアンケートして、受益者の意向を確認します。その意向に沿った運用方針と運用手段をとるようなので、彼らは自信を持って受益者の期待に応えているといえます。ただ、若干心配なのは、日本で同じ仕組みがワークするかということです。欧州では、多少リターンを犠牲にしても、環境に配慮したほうが望ましいという考えが浸透していますが、日本で同じことをした場合に同様の回答が出てくるかは疑問です。過去の統計を見ても、環境に配慮して欲しいという人の割合が日本は少ない傾向が見えます。
国谷:それは気候変動対策をとると、生活の質が下がると思う人が日本では多いことと関係があるかもしれませんね。欧米など他の国では環境施策により、生活の質が上がると答える人が多い。また、日本は一般的には公共心は高いと言われていますが、環境施策についての世論調査等を見ると、本当に日本人は公共心が高いのか、疑問に思えてきます。目の前の利益や便利さなどを追い求める近視眼的な姿勢が見えます。
5. 日本でも議決権行使による企業変革の動きも活発化
国谷:気候変動や人権、ジェンダー等に対する取り組み・開示要請を受け、日本でもサステナビリティ経営に取り組む気運が高まってきている一方、何故サステナビリティ経営に取り組むべきなのかの理解が進んでいない企業や、事態を未だ楽観的に捉えている企業も少なくないと思います。金融機関は議決権行使を積極的に行うことにより、企業変革を促し、サステナビリティ経営に対する意識を高めることができると考えていますが、その点について、大関社長はどのように考えていますか。そして、今後どのように取り組んでいきたいのでしょうか。
大関:議決権行使は非常に重要ですが、対話・エンゲージメントによる企業変革の一環であり、投資家としては、まずは対話を行いながら変革を促していくことが重要だと考えています。まずは、対話・エンゲージメントを通じて、当社の持っているサステナビリティ経営やESG投資に関する知識・情報を発信し、その意義を企業側にしっかりと訴えていきたいと思います。その上で、一定の猶予期間を設けた上で議決権を行使していくことにより、効果的に企業価値向上を促していきたいです。
国谷:議決権行使方針について、特に取締役会のダイバーシティに関しては、明確なメッセージを出されていますね。
大関:そうですね。当社では、これまでは社内取締役の増員については原則反対していましたが、今年6月以降は、増員者が女性であれば1名まで原則賛成することにしました。また少し猶予期間を設けるために適用を来年の6月からとしておりますが、「プライム市場上場企業かつTOPIX100指数企業において、女性取締役が存在しない場合、代表取締役の選任に反対する」旨の基準を適用することも既に公表しております。
6. ESGの考え方に関するニュースがたびたび報道されているが、現状をどう捉えているか
国谷:最近では、「ESGウォッシュ」を指摘する声もあると思いますが、大関社長は、このような状況をどう捉えていますか。
大関:「ESGウォッシュ」が問題となっている一番の原因は、ESG投資の概念が曖昧なためだと思います。例えば、グローバルなESG投資残高の集計機関であるGSIAやJSIFが定めるESG投資の定義自体にも幅があり、どのような投資をESG投資と捉えるかは人によって差が出てきます。また、ここ数年のESGトレンドの中でESG投資に取り組み始め、ノウハウが十分に整っていない場合もあるのではないかと考えています。一方で、当社のように10年以上前からESG評価を運用プロセスに組み込み、試行錯誤を繰り返しながらESG投資に取り組んできている会社もあり、ESG投資に対する取り組みは運用会社によってだいぶ差があるように思います。ESG投資の概念が曖昧で明確な基準がないからこそ、それぞれの運用会社において、ヨーロッパのSFDRやアメリカのSEC等の開示基準を参考にしながら、当社のESG投資の考え方やプロセスを丁寧に顧客に開示していくことが必要なのではないかと考えています。
7. 国際的イニシアティブへの積極的な参画の目的は何か
国谷:御社では、Climate action100+やNet Zero Asset Managers initiative等、国際的なイニシアティブに加盟されています。その狙いと意義をどのようにお考えなのでしょうか。
大関:大きく3つの理由があります。1つ目は、最新の情報・動向を知ることです。各国が現状何に関心があり、どのように取り組んでいるのかを知ることにより得られる学びは大きいと考えています。2つ目は、国際的なイニシアティブに参加している各国としっかりとコミュニケーションをとることです。各国が足並みを揃えてESG・SDGsに取り組む必要がある一方で、他の国にはない日本独自の事情も存在しているため、そうした独自の事情を踏まえて、「日本の場合は、このようにした方がより効果的である」と提案・提言していくことで、日本にとっても他の国にとってもプラスになると考えています。3つ目は、日本のプレゼンス向上です。世界各国が一丸となって取り組みを進めようとしている中で、日本の企業として、時にはボードメンバーやステアリングメンバーを送って国際的なイニシアティブに参加し、発信を行うことで、日本でもしっかりとESG・SDGsに取り組んでいる企業があることのアピールになればと考えています。そして何かあった際には、相談される窓口になることが大事だと考えています。