アナリストの眼

複雑化する自動車市場

掲載日:2024年10月11日

アナリスト

投資調査室 鈴木 衡大朗

ここ数年、株式市場では自動車はガソリンエンジンからモーターを動力とした電気自動車(EV⇒Electric Vehicle)への大きなパラダイムシフトが起こると想定されていました。実際にグローバルにおける新車販売台数に占めるEVのシェアは2017年時点では1%以下でしたが2023年には10%を超えるまでに高まりました。
しかし足元では頭打ち感もみられ、一部の自動車メーカーでは投資計画の見直しなども起こっています。株式市場においてもEVへの期待は後退し、電気自動車関連とみられていた銘柄の株価バリュエーションの低下が生じています。ここではEVの現状と今後の見通しについて触れたいと思います。

混沌とするEV市場

これまでの新車販売台数に占めるEVのシェアについては地域によって強弱感がみられます。EVのシェアが高い地域は中国や欧州で、これらの地域は国策としてEVの普及を進めてきた地域です。一方で、シェアが低い国は米国や日本、新興国となっています。様々な調査機関でEVに対する消費者の意識調査が行われていますが、これらの国は共通して充電インフラ、航続距離、充電時間、価格などが既存のガソリン車からEVへ乗り換える際のユーザーの懸念材料となっているようです。

時間については、既存のガソリン車の給油であれば数分で済むものの、EVをフル充電するのは数時間単位の時間が必要であるため、特に長距離移動が多い地域では課題です。この点については充電時間を短縮できる全個体電池の実用化などの技術革新が不可欠です。
一方で、価格についてはこの数年で大きく様相が変わってきました。かつてのEVはTeslaのようにやや高めの価格帯が中心でしたが、直近では低価格を強みとした中国メーカーの台頭が著しく、なかでもBYDはEVの販売台数を大幅に伸ばしており2023年のグローバルにおけるEVのシェアはTeslaとトップを争うまでに成長しています。BYDはバッテリーメーカーから自動車メーカーに転じていますが、バッテリー以外にもモーターなど様々な部品を自社生産することでコスト競争力を高めており、中国においてはBYDのEVは既に同クラスのガソリン車に比べ低価格となっています。既存のガソリン車はガソリンを消費することからランニングコストも高いため値下げ圧力がますます強まっている状況です。しかしEVも中国では国策として普及を進めておりBYD以外にも多くのメーカーが生産能力を拡張していることが重石となっています。中国全体の自動車生産能力は既に需要に対して過大になっているとみられ、稼働率を高めるためにEVの生産も余剰となり、結果としてEVも中国国内では値下げ競争に陥っています。

中国製EVの脅威

このような環境下で中国は自動車の輸出を拡大する方針も示しており、BYDは既に日本においても販売を開始しています。バイサイドアナリストは、工場見学や生に体験することを通じて未来を予測することが重要ですので、実際に私もディーラーに取材して試乗も行ってきました。私は、趣味で自動車レースにも参加するような車好きですので、見た目の外装のフォルムの印象や乗り心地だけではなく、ボンネット内の構造などもモニターしてきました。

試乗の感想を総括すると、意外にも車としての操作感は日系メーカーに比べ大きく劣る印象はありませんでした。そして最も意外であったのは、ディーラーでのセールストークが価格ではなく、日系メーカーのEVと比較して充電性能やインフォテイメント(ナビなどの車内装備)の充実を謳っていた点です。
確かに日本における価格設定は日系メーカーに比べれば安いものの中国国内モデルに比べれば高く、価格は訴求力としては低いかもしれません。しかし部品を見ると組立時に厳重にチェックを行ったとみられる形跡があったほか、BYDと取引のある日系自動車部品メーカーからはBYDの海外モデルは中国国内モデルよりも高品質な部品を使っているとの話も聞いており、BYDは海外ではまず品質を重視しつつブランド力を高めていく戦略を取っている様子が伺われます。

競争環境と製品性能等の調査を進めると、中国国内での価格設定から値下げの余力は残しているとみられ、ある程度ブランド認知が進んだ段階での価格攻勢のリスクは感じざるを得ません。実際に欧州では中国メーカーが欧州メーカーのシェアを脅かすとの懸念があり、自動車産業は地場経済への影響も大きいことから危機感へとつながり、補助金の抑制や関税などを通じ中国メーカーを排除する動きも見られ、EVの普及にブレーキがかかる一因ともなっています。今後のEVの普及やシェアを予想するには車両の性能や価格だけでなく、各国の政策を見通すことがより重要となってきました。

日本で販売されているBYD社のATTO3(中国名:元Plus)

出所:筆者撮影

EVは環境に優しいのか?

そしてもう一つのEVの見方に対する変化は環境負荷です。これまでEVへのシフトの大きなドライバーは環境負荷の低減でした。確かにガソリンを燃焼しないEVは走行時にCO₂は排出しません。しかし、直近ではより広範にCO₂排出量を計測し抑制することが求められています。EVの場合は、バッテリー製造時のCO₂排出量が大きくガソリン車に比べ生産時のCO₂排出量は増加します。また走行に必要な電気もソーラーなどの再生可能エネルギーを使用するか、石炭などの火力発電を使用するかでCO₂の排出量が大きく変わってきます。
一部の調査によると製造から13年、10万キロ走行した場合の累計でのCO₂排出量は、再生可能エネルギーの普及が進んでいる欧州の国などではハイブリッド車(HV)に比べEVの方が少ないものの、東南アジアの国などの火力発電の電力構成が高い地域ではHVの方が優位になるとの試算もあります。

また私はEVの寿命に対しても懸念を持っています。中国では既にEVが家電のように短いサイクルで乗り換えられEVの墓場と言われる廃車置き場も出現しているようです。またデータはまだ少ないものの、日本における中古車市場をみても、EVの場合はガソリン車以上に、ある程度の年式となると中古車市場において台数が急減する傾向があります。これはガソリン車よりも早いタイミングで車両としての価値が棄損し廃車となっている可能性を示唆しています。EVではバッテリーが原価に占める割合が重く、バッテリーが劣化することがその背景とみられ、環境負荷低減にはバッテリーの性能向上やリサイクル体制の構築も不可欠です。

日系自動車メーカーはEVだけに注力する方針ではなく、地域に応じて最適な動力源(パワートレイン)を提供するマルチパスウェイ戦略を取っています。かつてはEVに注力しないことがリスクと株式市場ではみられていましたが、地域によって最適なパワートレインは異なるとの見方が広がりつつあることから、日系自動車メーカーの戦略は再評価されています。しかし日系自動車メーカーは多様なパワートレインで性能、コストともに競争力を維持していくことが求められると予想され、各企業の取り組みの違いによって競争力の差がますます大きくなると考えます。各地域においてパワートレイン比率は異なるペースで変化し、そのなかで、既存メーカー、新興メーカーがどのようにシェアを分け合っていくのか、技術動向や各国の政策など複雑な要素が絡まりアナリストにとっては予測することが非常にチャレンジングな環境となっていますが、地道な調査活動を通じて投資機会の発掘に努めたいと思っています。

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