アナリストの眼

統合報告書の進化

掲載日:2023年01月25日

アナリスト

投資調査室 小林 守伸

私の前回のアナリストの眼は「統合報告書における社外取締役のパートの重要性」(2021年1月18日掲載)でした。今回も統合報告書に関して取り上げさせていただきます。

各企業から2022年版の統合報告書が出揃いました。その中から優秀な統合報告書を選定する日経新聞社主催の「第2回日経統合報告書アワード」の審査もスタートしています。ニッセイアセットマネジメントもこの審査メンバーであり、私も先日、一次審査を終えたところです。今回のアワードの広告に「まだまだ進化できる」とあります。統合報告書は年々「進化」しており、今後も「進化」し続けると私も考えています。

弊社では早くから統合報告書の重要性に着目してきました。私も含め弊社のアナリストが分担して執筆した「スチュワードシップ・コード時代の企業価値を高める経営戦略」(中央経済社、2014年12月13日)の第6章において統合報告書作成の重要性と海外の先進事例を紹介させていただきました。当時は統合報告書を作成する企業は少なく、(株)ディスクロージャー&IR総合研究所の調べでは2014年末で142社でした。それが2022年2月の調査では2021年末で718社にまで急拡大しています。統合報告書の重要性を企業側も認識してきたからだと言えましょう。

私もエンゲージメント活動として担当企業に統合報告書の作成を対話させていただくなど微力ながら普及活動に携わってきたと自負しております。こうした経緯から新しい統合報告書を発刊されるとフィードバックのミーティングのご依頼をいただく機会が多く、時には辛口のフィードバックを差し上げることもありますが、企業の皆様はこうした声にも前向きにご対応いただき、その質的な「進化」を共に歩ませていただいている次第です。

統合報告書は非財務情報をESGの切り口で開示した上で財務情報と統合し、企業ごとの価値創造プロセスを明示することが基軸となります。当初は財務情報と非財務情報を単に併記しただけのレポートも散見され、「統合」や「価値創造プロセス」に戸惑われた企業も多く、実際にご相談をいただいたこともありましたが、その後の企業の皆様のご努力により、各社とも一定の水準に到達したとお見受けしています。

そして次の段階に入っています。統合報告書は企業価値拡大に向けた統合的な取り組みを開示する場であり、読み手の投資家としては自ずと価値創造におけるPDCAサイクルを記載のなかから読み取ろうと思考するようになります。すなわち、価値創造における課題認識とその改善に向けた取り組みを統合報告書から見出そうとするわけです。

統合報告書の作成において「統合」のハードルから「課題」の明示へのハードルが一段と上がることは企業の皆様と対話していても感じます。開示資料にネガティブなことは載せたくないのが本音でしょう。しかし、課題認識のない統合報告書は読み手に直ぐにわかります。報告書のみならず、その企業に対する信頼性が低下してしまうことになりかねません。

「課題」の開示に消極的な姿勢は事業ポートフォリオのパートで顕著に見て取れます。SWOT分析を活用される企業が多いですが、「強み(S)」と「機会(O)」のみの記述で「弱み(W)」と「脅威(T)」が欠落している統合報告書が散見されます。言うまでもなく、SWOT分析の主眼は「弱み」と「脅威」への対応策にあります。また、「弱み」と「脅威」を掲げている企業も対応策の記述まで開示している企業は少ないとお見受けしています。

私は担当企業以外の統合報告書も読むように心がけていますが、今回読んだ統合報告書のなかに事業ポートフォリオのパートでのSWOT分析において「弱み」と「脅威」に対する解決への取り組みまでしっかりと落とし込んだ統合報告書を見て感銘を受けました。この企業のレポートはトップマネジメントのパートでも課題認識とその対応への取り組みが明示されており、担当企業ではありませんが、統合報告書をきっかけにこの企業に対する信頼感が高まりました。

ということで、ここ最近の私の統合報告書における注目点は「課題」の明示になっています。フィードバックのミーティングにおいても「課題」の明示に重点を置いてきました。今回の統合報告書を拝見すると、積極的に「課題」を明示されている報告書が多くなったと感じました。「進化」しているのです。

もちろん課題を列挙しただけでは終わりではありません。改善策を打ち出し、それに取り組むことが本質であり、その開示が求められるのです。投資家にとって統合報告書は企業価値拡大に向けたPDCA活動を確認する有益な場となるわけです。まだ、「進化」の余地があるのです。

そして、統合報告書の在り方に関する「対話」から、統合報告書で開示されたPDCA活動そのものを議論する本質的な「対話」に発展していくことになるのです。これが冒頭で述べた弊社が早くから統合報告書の重要性に着目してきた所以であり、統合報告書は投資家と企業の企業価値拡大に向けた「共創」の重要なツールになるのです。

統合報告書は「まだまだ進化できる」のです。一方、読み手である我々も「進化」に遅れをとらぬよう「眼」を磨いていく必要があります。弊社では海外企業も含め統合報告書のベストプラクティスを分析するなど組織的に「眼」のブラッシュアップを図る取り組みを行っています。今後も統合報告書の「進化」をサポートさせていただく所存です。

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