アナリストの眼
木造建築物促進はSDGs/ESGコミットメント以上
掲載日:2022年08月24日
- アナリスト
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投資調査室 中谷 幸司
2025年大阪万博は木造屋根がシンボル
2025年日本国際博覧会(略称「大阪・関西万博」(2025.4.13-10.13)では会場のシンボルは木造大屋根(リング)になるとの報道が先日ありました。
前回の1970年大阪万博では故岡本太郎氏による全身コンクリートの太陽の塔がシンボルでしたが今回は木。
大屋根(リング)は建築面積約6万m²、高さが12m(外側が20m)、一周が約2kmで木造の貫(ぬき)工法利用とのことで世界最大級の現代木造建築になりそうです。
建築容積が約90万m³となり、伝統建築では木造建築物世界一の奈良東大寺大仏殿のおおよその容積14万m³(正面幅58m、奥行き51m、高さ49m、創建時の2/3のサイズ)と比べてもその規模たるや壮観です。
SDGsの観点から木材活用はまさに今後のあるべき時代の流れであり万博のシンボルとしてこれほど相応しいモニュメントはないでしょうし集客効果においても抜群でしょう。何といって木造は美観だけでなく香りも違います。
万博会場に留まらず、以下のような中高層木造建築物のプロジェクトが目白押しです。
- 東京海上日動新本店ビル
- 2028年度竣工、CLT(直交集成板)を使った木造ハイブリッドS造、高さ100M、延床130,000m²、三菱地所設計、竹中工務店・大林組・清水建設等の共同施工
- 三井不動産日本橋本町一丁目開発
- 2025年竣工、木造ハイブリッド、高さ70M、延床26,000m²、竹中工務店設計・施工
- 第一生命 中央区京橋賃貸ビル開発
- 2025年以降竣工、木造ハイブリッド、高さ56M、延床16,000m²、清水建設設計・施工
- COERU SHIBUYA(東急不動産)
- 2022年6月竣工、木造ハイブリッド(木鋼組子)、高さ48M、延床1,408m²、前田建設設計・施工
- 東京芸大国際交流拠点
- 2022年竣工、NLT(Nail-Laminated Timber)を使った木造ハイブリッド、高さ19M、延床1,500m²、前田建設設計・施工
中高層木造非住宅建築物は時代の流れ
木造ハイブリッド建築物では一般的なビルと比較して建築時の二酸化炭素排出量が2-3割削減され※1、純木造では7.5割ほど削減※2されるケースが示されており、環境負担面でメリットがあると考えられます。
- 前述各社事例より
- 中大規模木造建築ポータルより
建築物における木材利用は、「伐って、使って、植えて、育てる」という森林資源の循環利用を進め、人工林の若返りを図る上で有用なだけでなく、建築物に炭素を貯蔵することから、2050年カーボンニュートラルの実現に貢献するとされています。
2010年の「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」制定以降、低層の公共建築物を中心に木造化が図られ、2020年度は、新しく整備される低層の公共建築物の約3割が木造となっています。
民間非住宅分野・中高層分野の木造率は依然として低位ですが、耐震・耐火性能等の技術革新や建築基準の合理化により、木材利用の可能性は拡大し、都市部において、先導的な取組みとして中高層木造建築物の建設が進められているのは先述の通りです。
これらを背景として、同法が改正され、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(通称:都市の木造化推進法)として2021年10月1日に施行されました。
2021年9月には、川下から川上までの関係者が広く参画する「民間建築物等における木材利用促進に向けた協議会(ウッド・チェンジ協議会)」が立ち上げられています。
木造建築物の多次元メリット
政府の後押しはもちろんですが今後も拡大していくであろうと思われる根拠となるメリットは以下の通りです。
- 環境面:建設時の脱炭素(木材活用によるCO₂吸収力アップ)だけでなく、熱伝導効率面でもエネルギー効率が3割程度上回り環境パフォーマンスでプラスになる。
- 経営意思表示:テナント側、建物オーナー側の環境配慮意識上、SDGsやESGを標榜する企業にとって本社ビルや賃貸入居ビルの木造化はうってつけのコミットメント表示になる。
- 従業員エンゲージメント:働く場所の環境改善になり、従業員もまた誇りをもって勤務できる場所になる。働いて気持ちの良い場所こそ生産性のアップに。
- DX & 働き方変化:テレワークでオフィススペースは約3~5割削減可能(大会議室の削減、島型机配置からフリーアドレスへの転換など)であり従来型ビルはより質を重視する環境へ転換できる。また週休3日制が導入されれば、さらにスペース削減に。
- BCP視点:想定される首都圏直下型大地震などの震災リスクには巨大な高層東京本社ビルへの機能集中志向よりは、コンパクトな木造本社ビル及び拠点地域分散でリスク対策強化。
- 建築イノベーション:CLT(直交集成板)(注)、LVL(単板積層材)やNLTなどの木造資材のイノベーションで鉄骨並みに耐震パフォーマンス発揮できる建築テックの進化。
- 都市美観・癒し:木材利用による外観、内観の美観改善・癒し効果は言うまでもありません。
都市と地方が分断されるのでなく木材を通じて一体となることで日本全体の炭素吸収力を高め、同時に働きやすさにつながる環境整備で生産性を高めSDGs/ESGへのコミットメントにつなげていくことはまさに一石二鳥以上ではないでしょうか?
木材利用でのコストアップを上回る多次元的なメリットは今後、カーボンクレジット等の仕組みが導入されると更に明白になっていくと思われます。
日本には1000年超えて現存する奈良の古代大規模寺院建築(法隆寺、薬師寺、東大寺、唐招提寺、元興寺、新薬師寺等)はもちろん中世・近世からも大型木造建築(興福寺、清水寺、東寺、姫路城、松本城、善光寺、出雲大社、吉野金峯山寺等)が全国に残っており世界屈指の木造構造建築大国の伝統があります。
伝統を踏まえた新たな建築イノベーションでコンクリートジャングルの都市からの変貌、これからが注目です。
(注)
CLTとはCross Laminated Timber(JASでは直交集成板)の略称で、ひき板(ラミナ)を並べた後、繊維方向が直交するように積層接着した木質系材料です。
CLTは1995年頃からオーストリアを中心として発展し、現在では、欧州国でも様々な建築物に利用され、カナダやアメリカ、オーストラリアでもCLTを使った高層建築が建てられるなど、近年になり各国で急速な伸びを見せています。
構造躯体として壁式構造で建物を支えると共に、断熱性や遮炎性、遮熱性、遮音性などの複合的な効果も期待されています。加えてプレファブ化による施工工期短縮が期待でき、接合具がシンプルなので熟練工でなくとも施工が可能です。
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