アナリストの眼
一度は読んでみたい「監査報告書」
掲載日:2025年04月04日
- アナリスト
-
投資調査室 堀井 章
アナリストは、財務情報、非財務情報の両方を収集、分析し、投資見解をまとめます。非財務情報の重要性が指摘されるようになり久しいですが、財務情報も重要である点は、過去から何ら変わりません。
何気なく日々活用している財務情報ですが、通常、「それらが誤っているかもしれない」、といった疑いをもつことは基本的にありません。これは、独立した監査法人が財務諸表の監査を行っているためです。有価証券報告書に添付されている監査報告書には監査意見が記載され、殆どの場合、「無限定適正意見」が表明されています。聞きなれない言葉ですが、「一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、会社の財務状況をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める」という意味になります。この監査報告書のおかげで、財務諸表の利用者は、財務諸表を安心して利用できるわけです。
このように、投資家にとって財務諸表に誤りがないことは当たり前の前提のようになっているため、通常は監査報告書を読むことは殆どないと思います。実際、監査報告書にはひな形があり、どの企業の監査報告書の監査意見をみても、ほぼ同じ文言が記載されています。ただ、実は監査報告書には投資のヒントも隠されている場合があり、今回はこの点を取り上げてみたいと思います。
無限定適正意見を表明する監査報告書の場合、報告書の構成は、「監査意見」→「監査意見の根拠」→「監査上の主要な検討事項」→「その他の記載内容」→「財務諸表に対する経営者並びに監査役及び監査役会の責任」→「財務諸表監査における監査人の責任」、となります。この中で、3つ目の「監査上の主要な検討事項」以外はどの企業の監査報告書も概ね同じ記載となっており、個別にじっくり読む価値はあまりないと思われます。一方で、「監査上の主要な検討事項」は企業によって記載内容が様々であり、読んでみる価値がある箇所といえます。
「監査上の主要な検討事項」は英語ではKAM(Key Audit Matters)と呼ばれ、当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項のことです。日本では2021年3月期から適用され、監査報告書への記載が求められています。KAMには、監査人が行った監査の透明性を向上させる目的もありますが、監査報告書の情報価値自体を高めることにも意義があると言われています。
ここで筆者が調査を担当している主要企業のKAM(直近年度)の記載内容の概要を一覧にしてみました。
- A社: 製品販売取引に係る収益認識
- B社: 棚卸資産の評価
- C社: 信用損失引当金の見積りの合理性
- D社: 有形固定資産の減損
- E社: 金融子会社の金融債権の評価
- F社: のれん及び無形固定資産の評価
- G社: 工事契約に関連する売上収益及び受注工事損失関連の引当金の見積り
このように一覧にしてみて、非常に示唆に富むことに気づきます。以下、二点触れてみたいと思います。
第一に、B社からG社は、経営者による仮定や見積りが含まれる事柄で、かつ金額的重要性が大きいものです。経営者の仮定や見積りが含まれる事柄は、客観的に100%正しいと判断できるものではなく、今後、経営環境の変化によって、仮定や見積りが妥当ではなくなる可能性があることを意味します。また、あえてKAMで取り上げている項目は、企業の財務諸表にとって大きな金額的影響を及ぼす可能性があるものです。
これらは、アナリストの観点からいえば、財務諸表の将来的なリスク(例えば資産の減損等)を予想する上での判断材料になります。加えて、将来の業績(キャッシュフロー)を予想する上で考慮すべき重要な論点も間接的に提供してくれている場合もあります。
例えば、B社の場合、KAMでは、「B社の特徴として品揃えが豊富であること」、「回転率に応じて規則的に棚卸資産の帳簿価格を切下げる方法を採用していること」、「当該方法は在庫の販売・使用のトレンドが変わらないという重要な仮定を前提としたもの」、「そのトレンドについては経営者の判断を必要としている」、などが記載されています。B社の財務諸表において棚卸資産の金額は大きく、将来その評価が切り下がることがあるとすれば、それは「トレンドが変わる」場合ということになります。製品ライフサイクルや競争環境等を常に分析・フォローし、陳腐化の速さが変化しないかをウォッチしていくことが重要といえそうです。また、将来の業績(キャッシュフロー)を予想する上では、棚卸資産がそもそも多い背景として説明されている「豊富な品揃え」が競争優位性にどの程度寄与しているのか、その優位性がいつまでも持続するのか等が論点の一つという示唆を与えてくれます。
第二に、A社のKAMだけ他社とは全く異なる内容となっています。監査人が特に重要であると判断した事項が「収益認識」とのことですが、企業にとって「収益認識」は最も基礎的なことであり、特に上場企業の場合それが適切にできることは「当たり前」のことのように思えます。どうして監査人はこの点を取りあげているのでしょうか?A社は長年、単一事業で自力成長を遂げてきた会社であり、ビジネスの内容も組織構造も非常にシンプルです。その点を捉えると、A社については、この「当たり前」のことを指摘する以外に、大きなリスクが見当たらない、と監査人が解釈しているのかもしれません。そのように考えると、企業価値評価や投資判断においては、収益(売上)にある程度論点を絞って検討することができるでしょう。
今回は、普段あまり注目されない監査報告書について取り上げてみました。有価証券報告書の最後に添付されており、一般的には読まれる機会の少ない報告書ではありますが、KAMについては企業価値やリスクを考える上で、重要な論点を提供してくれることがあり、一度は読んでみる価値があると思います。
アナリストの眼
関連記事
- 2025年03月24日号
- 【アナリストの眼】米国におけるESGの動向と受託者責任
- 2025年03月24日号
- 大規模言語モデル(BERT)を用いたアナリストレポート解析
- 2025年03月21日号
- 機械学習を用いたシクリカル株投資(後編)
- 2025年02月20日号
- 機械学習の手法を活用しシクリカル株に投資(前編)
- 2025年01月23日号
- 成長性を評価する定量指標(1)
「アナリストの眼」ご利用にあたっての留意点
当資料は、市場環境に関する情報の提供を目的として、ニッセイアセットマネジメントが作成したものであり、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。
【当資料に関する留意点】
- 当資料は、信頼できると考えられる情報に基づいて作成しておりますが、情報の正確性、完全性を保証するものではありません。
- 当資料のグラフ・数値等はあくまでも過去の実績であり、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。
- 当資料のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。
- 手数料や報酬等の種類ごとの金額及びその合計額については、具体的な商品を勧誘するものではないので、表示することができません。
- 投資する有価証券の価格の変動等により損失を生じるおそれがあります。