吉野貴晶のクオンツトピックス
No.16
市場マクロ変数による日本株ファクターへの影響
2020年04月17日号
投資工学開発室
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
投資工学開発室
髙野 幸太
ニッセイアセット入社後、ファンドのリスク管理、マクロリサーチ及びアセットアロケーション業務に従事。17年4月より投資工学開発室において、主に計量的手法やAIを応用した新たな投資戦略の開発を担当する。
日本株ファクターと市場マクロ変数の関係性を検証する
- クオンツ領域の投資手法を紹介
- 市場マクロ関連データはどれだけ日本株ファクタースプレッドリターンに影響を与えるか?
今回のレポートでは、市場から取得されるマクロ関連変数(後で市場マクロ変数と定義)が日本株のファクタースプレッドリターンにどのように影響を与えるかを確認してみます。
1.市場マクロ変数と株式ファクターとの関係性
株式におけるファクター値を活用した運用は広く一般的に行われています。しかし、実際のところ、全局面で有効である万能なファクターは存在せず、マクロ要因等に影響を受けるケースが見られます。今回は、このマクロ要因とファクターの関係性が日本株市場でどのように観測されるかを検証します。
1-1.対象とする日本株ファクター
対象とする日本株ファクターは以下です(参考文献1を参照しつつ、変更を加えています)。
採用ファクター系列(TOPIX銘柄)
- BPR(PBRの逆数)
- 配当利回り(予想値)
- EPR(PERの逆数、予想値)
- 時価総額(サイズに相当、小型銘柄がスコア上位)
- 増収率(売上高の伸び率、予想値)
1-2.市場マクロ変数は景気指標ではなく市場データを利用
今回採用するマクロ関連指標について、本レポートでは「市場マクロ変数」と名前を定義します。これは、鉱工業生産や物価のような景気指標ではなく、マーケットで売買されている、広く経済や市場の状態を表現しているとされる金融商品の数値をベースにしています。これらのマーケットベースのマクロ関連変数は、景気指標の発表のような数ヶ月のラグ無く、市場参加者の景気等に対する見方を随時織り込んで動いていきます。
図1.市場マクロ変数一覧
市場マクロ変数 | 詳細 |
---|---|
日本株_日次ボラティリティ_過去20日 米国株_日次ボラティリティ_過去20日 |
日本株、米国株指数の日次変化率から算出される、過去20日間の標準偏差 |
日本株_過去250日累積収益率 米国株_過去250日累積収益率 |
日本株、米国株指数の過去250日営業日前から現在までの配当込み収益率 |
ドル円_過去250日_累積収益率 | ドル円の過去250日営業日前から現在までの収益率 |
日本短期証券金利(3カ月) 米国短期証券金利(3カ月) |
短期金利の参照指標。3ヶ月物の金利。 |
米国_社債金利(BBB格相当) | 米国におけるBBB格相当の社債の市場金利。一般的な投資適格格付けの最も下の格付け。社債の流動性が高い米国のみ参照。 |
TEDスプレッド | 金融市場における信用不安の参照指標。信用不安が高まると数値が拡大する。 |
米国_10年金利-2年金利 日本_10年金利-2年金利 |
長短金利差の参照指標。10年金利から2年金利を引いた値。 |
VIX指数 | 恐怖指数とも呼ばれる。市場参加者の将来のS&P500のボラティリティ予想(グローバルで注目度が高い米国株を今回は参照)。 |
各スプレッドリターンの計算定義
2. ファクタースプレッドリターンと市場マクロスプレッドリターンの算出
今回のレポートでは、市場マクロ変数の動きが、翌月の各ファクタースプレッドリターンにどのように影響を与えるのかを検証します。
2_1. ファクタースプレッドリターンの算出
まず、全ての月において、当月のファクター値(BPR等)に基づいて全銘柄を5個のグループに分けます(等ウェイト)。その5個のグループにおける、上位1/5と下位1/5に該当するグループの翌月リターンの差の値をファクタースプレッドリターンとします。
2_2. 市場マクロスプレッドリターンの算出(参考文献1を参照、本レポートとはデータ加工方法に差異あり)
市場マクロ指数でもグループを作ります。過去の市場マクロ指数の大きさに基づき、全参照期間における各該当月を、含まれる月の数が均等になるように4つのグループに分けます(その時わかるベースではなく、すべての期間がインサンプル)。市場マクロ変数が最も大きかったグループの該当月において、その翌月のファクタースプレッドリターン(先述)を平均値化します。同様に、市場マクロ変数が最も小さかったグループでも計算しておき、その差し引きを市場マクロスプレッドリターンと定義します。
市場マクロスプレッドで見るファクターとの関係性
3. 過去における計算結果
さて、計算結果を見てみたいと思います。縦方向に市場マクロ指標、横方向に各ファクターが並んでいます。数字は市場マクロスプレッドリターン(月次平均)であり、有意水準10%以下の場合には色をつけています(検定にはWelch’s t検定を利用)。見方ですが、例えばモメンタムファクターに注目してみると、絶対値でみた場合に、1.0%を超えるマクロ変数は全部で6個あります。しかし、有意水準10%以下で見ると、該当するのは3つのみとなります。統計的な検定手法が絶対ではありませんが、見かけの平均リターンだけを見るのではく、このような検定結果も活用するのが一般的です。
図4. 市場マクロスプレッドリターン
(リターン計測期間:市場マクロ変数に依る。最長の系列で2003年3月〜2020年3月のリターン値が対象)
未加工データ | 中期モメンタム | BPR | 配当利回り | EPR | サイズ | 増収率 |
---|---|---|---|---|---|---|
日本株_日次ボラティリティ_過去20日 | -1.9% | 1.2% | -0.2% | -0.5% | -1.6% | -0.5% |
米国株_日次ボラティリティ_過去20日 | -1.3% | 1.4% | -0.1% | -1.2% | -1.5% | -1.1% |
日本株_過去250日累積収益率 | 2.0% | -1.2% | 0.4% | 0.6% | -1.8% | 1.0% |
米国株_過去250日累積収益率 | 1.4% | -0.5% | -0.3% | 0.3% | -2.4% | 0.3% |
ドル円_過去250日_累積収益率 | 0.9% | -1.6% | -0.6% | -0.5% | -1.8% | 0.6% |
日本短期証券金利(3カ月) | -0.2% | 1.6% | -0.7% | -0.3% | -1.0% | -0.8% |
米国短期証券金利(3カ月) | 0.7% | -0.2% | -0.9% | -0.3% | -0.1% | -0.1% |
米国_社債金利(BBB格相当) | -1.2% | 0.5% | 0.5% | -1.0% | -1.6% | -0.2% |
TEDスプレッド | -0.5% | 0.6% | -0.1% | -0.7% | -2.3% | -0.5% |
米国_10年金利-2年金利 | 0.4% | 1.4% | -0.5% | 1.3% | -1.3% | -0.2% |
日本_10年金利-2年金利 | -0.6% | 1.4% | 0.8% | 0.9% | -0.9% | 0.1% |
VIX指数 | -2.1% | 1.6% | -0.3% | -0.7% | -1.4% | -0.8% |
再度モメンタムファクターに着目してみると、有意水準10%以下は日本株のボラティリティと累積収益率、VIX指数になります。そして数値の符号に着目すると、モメンタムファクターは、累積収益率が大きい時にプラスリターン、日本株のボラティリティやVIX指数が大きく上昇した際に、マイナスになる傾向にある、と言えます。ただし、これらは市場マクロ変数のそのままの値に対してであり、対象の市場マクロ変数が長期のトレンドを持っている場合は注意が必要です(次回以降に検証する予定です)。
4. 終わりに
今まで見てきた、ファクタースプレッドリターンと市場マクロ指数との関係性が今後も観測されるのであれば、当月のマクロ変数の情報を基に、来月の各ファクターへのエクスポージャーを調整する投資手法が有効になるかもしれません。または、ある特定リスクに対して、ヘッジとなるファクターを予め抽出して組み込んでおくことも考えられます。違う観点では、これらの市場マクロ変数を入力データに、予測対象をファクタースプレッドリターンにした場合の機械学習モデルも考えられます。次回以降のレポートでは、これらの点についても考察する予定です(筆者都合で変わる場合があります)。
参考文献
- Noël Amenc, Mikheil Esakia, Felix Goltz and Ben Luyten. “Macroeconomic Risks in Equity Factor Investing.” The Journal of Portfolio Management September 2019
吉野貴晶のクオンツトピックス
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