吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
“マジックフォーミュラ”を使った銘柄選別効果
2022年02月15日号
投資工学開発部
吉野 貴晶
金融情報誌「日経ヴェリタス」アナリストランキングのクオンツ部門で16年連続で1位を獲得。ビックデータやAI(人工知能)を使った運用モデルの開発から、身の回りの意外なデータを使った経済や株価予測まで、幅広く計量手法を駆使した分析や予測を行う。
- 割安性と資本効率性(収益性)の2つを合わせた戦略。
- 物色の変動に左右され難く、長期的に安定した銘柄選択効果が期待される。
投資銘柄を選ぶ手法として、米国で広く使われる戦略に”マジックフォーミュラ”があります。米国のファイナンス学者、またヘッジファンド運用の成功者として知られるグリーンブラッド(Joel Greenblatt)が、2005年に出版した著書「The Little Book that Beats the Market」のなかで紹介したもので、(1)割安性と(2)資本効率性(収益性)の2つを合わせた戦略です。詳細は後述しますが、簡単に言えば、マジックフォーミュラとは、(1)割安性の尺度として、“営業利益÷EV(Enterprise Value)”、(2)効率性の尺度として、“営業利益÷IC(Investment Capital)”の2指標を融合させたスクリーニングにより銘柄を選ぶ戦略です。これまで日本で広く使われるまでならなかったのは、マジックフォーミュラでは、割安性に、例えばPER(株価収益率)といったシンプルな指標が使われておらず、とっつきにくいイメージがあったからかもしれません。
しかし、足元の投資環境はマジックフォーミュラが期待される場面と見られます。今回は同戦略の効果について解説します。まずは、マジックフォーミュラとはどのようなものか確認しましょう。説明を分かり易くするために、東証1部上場企業(除く金融業:銀行、証券、保険とその他金融)をユニバースとして、2021年12月末時点で計算する例を取り上げます。マジックフォーミュラには、計算の便利さや有用性の観点から実務的に発展、改良された形なども見られますが、本レポートは下記方法でマジックフォーミュラを求めます。
マジックフォーミュラ:2021年12月末時点での計算例
- 割安性の尺度として個別銘柄毎の営業利益÷EVを求めます。営業利益は2021年12月末時点での予想利益とします。予想利益は東洋経済新報社の今年度予想、EVは有利子負債+時価総額により求めます。有利子負債は2021年12月末時点での前年度末の実績値、時価総額は2021年12月末時点のものとします。
- 効率性の尺度として個別銘柄毎の営業利益÷ICを求めます。営業利益は「1.」と同じデータです。ICは売上債権+棚卸資産+固定資産-仕入債務により求めます。2021年12月末時点で取得できる前年度末実績です。
- 銘柄毎にユニバース内で営業利益÷EV、営業利益÷ICの2指標について、それぞれ降順に順位をつけます。
- 銘柄毎に2指標の平均順位を計算し、平均順位が良い銘柄がマジックフォーミュラで魅力的な銘柄です。
上述で求めたマジックフォーミュラは2つの指標の平均順位です。ですから実際の戦略には、上位にある銘柄のなかから、更に、成長が期待される銘柄などに絞り込んで投資することもできますし、シンプルな戦略であれば、マジックフォーミュラの上位数十社程度の銘柄をそのままポートフォリオとして保有する方法もあります。本レポートではマジックフォーミュラがどの程度効果的に銘柄選別ができるのかを検証するため、後者のシンプルな戦略でのパフォーマンスを観察しました。
具体的な検証方法を確認しましょう。2014年末から毎月末、ユニバースである東証1部上場企業(除く金融業)のなかから、マジックフォーミュラで魅力的な銘柄上位10%を抽出します(約200銘柄)。こうして求めた銘柄に等金額投資したポートフォリオの翌月のリターンを求め、ユニバース全体に等金額投資した場合のリターンを引いて超過部分を計算します。超過リターンを計算する理由は、ユニバース全体の平均的なリターンと比べて、マジックフォーミュラ上位銘柄のリターンがどの程度上回っているかを見るためです。検証期間のエンドとなる2021年12月まで、2015年以降の超過リターンを毎月累積した推移を観察しています。更に有効性を比較するために、一般に銘柄選択でよく使われる代表的な投資指標のPBR、PER、営業増益率とROEの4指標の同様な累積超過リターンの推移を示しています(算出方法は図表注参照)。
累積超過リターンの値が右肩上がりとなっていることは、当指標の有効性の高さを示しています。最も注目される点は、マジックフォーミュラの戦略累積超過リターンが安定して上昇している点です。例えば、ROEのグラフの推移を見ると2020年末に向けて急騰しています(図表中の赤矢印)。また、それ以前にもマジックフォーミュラのグラフを突き抜けた場面が何度か見られました。しかし、その後、有効性の低下を経験して、長期的に見るとマジックフォーミュラと同程度となりました。
マジックフォーミュラ戦略は有効性が安定し、長期的に効果が高いということが分かります。長期的に安定しているということは相場の物色の変化を受けにくいということです。比較のために取り上げた4つの指標は、バリュー系のPBR、PERとグロース系の営業増益率、ROEに分類できます。バリュー系というのは、企業の割安度合いを見る尺度であり、グロース系とは成長度合いを見るものです。株式市場ではその時の投資環境によって、バリュー系指標が効果的となる場面と、グロース系が効果的となる場面に分かれます。例えば、金利が高まる場面ではグロース系指標の効果が下がります。様々な理由がありますが、その一つに成長に必要な資金の借り入れコストが高まることが挙げられます。足元、世界的に見ると資源価格の上昇などのインフレ期待も高まる中、金利が上がると予想するなら、グロース系指標での銘柄選別は不利になるかもしれません。一方、国内で見ればコロナ禍からの回復が鈍い産業もあることから、低金利が続きそうと考えると、グロース系指標での銘柄選別が有利とも考えられます。このように金利の変動とそれに連動した、バリュー/グロース物色の予想が難しい場面では、こうした物色の変動の影響を受けにくい安定した効果のある戦略が妥当と見られます。
では何故、マジックフォーミュラの戦略はバリュー/グロース物色の変動のなかで安定した効果が期待されるのでしょうか。それはシンプルに、(1)割安性(バリュー)の営業利益÷EVと、(2)資本効率性(グロース)の営業利益÷ICの2つの指標を融合して作っているからです。
また次の点も重要です。(1)割安性の営業利益÷EVは、分母の他人資本と自己資本の時価の合算であるEVが、分子の本業での利益(営業利益)の何年分まで買われているかを見ています。(2)資本効率性の営業利益÷ICは、分母のICは企業が本業で稼ぐために投下している資産を示しており、それに対して、本業の営業利益をどの程度稼ぐことができるかを見ています。このように営業利益に対して、バリューとグロースの切り口で捉える投資指標を使っていることも企業の長期的に市場での評価が安定する理由と考えられます。依然として足元のようにコロナ禍が払拭されない環境では、本業での利益を示す営業利益を使った企業の評価がより重視される場面とみられます。
- 参考文献:The Little Book that Beats the Market (Wiley, 2005 & 2010)
吉野貴晶の『景気や株価の意外な法則』
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