クオンツトピックス
No.36
ESGはプラスかマイナスか?
をファイナンス理論で解く(3)
2026年05月29日号

データ・AI&
クオンツリサーチヘッド
鹿子木 亨紀
AIを活用した運用業務の変革、およびクオンツリサーチを主導。資産運用業務へのAI活用について研究開発および情報発信を行っている。以前には、グローバル資産運用会社の日本拠点立ち上げに運用部門責任者として参画したほか、マルチマネージャー運用、国内外株式運用、金融機関向け経営コンサルティングに従事。著書に『生成AIが資産運用を変える』、翻訳書に『ファイナンス機械学習』『期待リターン』『分散投資を超えて』など。

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
木村 嘉明
ニッセイアセット入社後、リスク管理、国内外株式領域のリサーチ・運用業務等に従事。2025年よりファイナンシャルテクノロジー運用部にて、主に計量的手法・AIを活用したクオンツリサーチおよび投資戦略の開発を担当。

ファイナンシャル
テクノロジー運用部
塚本 恵
ニッセイアセット入社後、ファイナンシャルテクノロジー運用部にて主に機械学習を含む数理的な定量的手法、オルタナティブデータを活用した新たな投資戦略の研究開発を担当。
第3回:ESG-CAPMとリターン決定のメカニズム
- ESGはリターンにプラスかマイナスか、を解くモデル
本連載では、サステナブル投資をファイナンス理論で読み解く基礎となる論文(以下、PFP論文)を解説しています。
Pedersen, L. H., Fitzgibbons, S., & Pomorski, L. (2021). Responsible investing: The ESG-efficient frontier. Journal of Financial Economics, 142(2), 572-597.
参考文献として、上記論文の内容も含む翻訳書『サステナブル投資のパズルーファイナンス理論で読み解くESG』(ルーカス・ポモルスキ著、中山 桂翻訳、鹿子木 亨紀監訳、金融財政事情研究会)もご参照ください。
1.はじめに
前回(第2回)は、投資家がESG-SRフロンティア上でどのように最適なポートフォリオを選択するのかというミクロ(個別の投資家)の視点を解説しました。今回は視点をマクロ(市場全体)へと移します。
市場にタイプU(ESG無視)、タイプA(ESG考慮)、タイプM(ESG志向)の投資家が存在して取引を行う場合、最終的に株価や期待リターンは均衡としてどう決まるのでしょうか。
PFP論文のもう一つのテーマであるESG-CAPM(ESG調整済み資本資産価格モデル)の数式を解説し、これらの投資家の相互作用の結果として「ESGはリターンにプラスなのかマイナスなのか」という、本連載の問いに答えます。
2.リターンを左右する2つのメカニズム:情報の力\((\lambda)\)と選好の力\((\pi)\)
市場の均衡を定式化するにあたり、PFP論文は2つのパラメータを定義しています。
- \(\lambda\)(ラムダ):ファンダメンタルズを予測する力(情報の価値)
- ESGスコアが将来の企業の利益(キャッシュフロー)を予測する力を表します。もし \(\lambda \gt 0\) であれば、「ESGスコアが高い企業ほど、将来の利益水準も高い」ことを意味します。
- \(\pi\)(パイ):ESGに対する選好の強さ
- 第2回でも登場した、投資家が「高いESGスコアに対してどれだけリターンを犠牲にできるか(選好の強さ)」を表す係数です。\(\pi\)が大きければ大きいほど、投資家はシャープレシオよりもESGスコアを重視します。
ESG-CAPMの数式と3つのシナリオ
3.ESG-CAPMの数式と3つのシナリオ
市場の期待リターンは、どのタイプの投資家が市場において多数派になるかによって変化します。これを示したのがESG-CAPM(ESG調整済み資本資産価格モデル)で、PFP論文のFig.2で図示されています。
PFP論文では、これを市場の状態を表す3つのシナリオで考えています。
出所:Pedersen, Fitzgibbons, Pomorski (2021) のFig.2 を一部修正
シナリオ1: すべての投資家がタイプU(ESG無視)の市場
誰もESG情報を信じておらず、従来のCAPMで株価が形成されている世界です。このとき、ESG情報を知っている投資家から見た「条件付き期待超過リターン」は、PFP論文の式(17)で表されます。
(17)式の第一項\( \beta^iE(r_t^m) \)は標準的なCAPMです。CAPMの仮定の下では、ある銘柄\(i\)の期待超過リターンはその銘柄のベータ\( \beta^i \)に比例します。注目すべきは第二項で、この市場においては、市場平均\( s^m \)よりも高いESGスコア\( s^i \)を持つ銘柄は、CAPMに対して「正のアルファ」\( \lambda \frac{s^i - s^m}{P^i} \) を持つということを意味します。(ここでは\( \lambda \gt 0 \)を仮定。そうでない場合については後述します)
これが、Fig.2における右肩上がりの青い実線です。タイプUの市場においては、高ESG企業が将来の利益が高くなることが株価に織り込まれず、割安に放置されています。すなわち、ESGスコアが高いほど将来の期待リターンが高くなる、右肩上がりの直線となるわけです。
なお、\( \lambda \lt 0 \) となるケースもあり得る点には留意が必要です。たとえば、企業が毎年巨額の資金を慈善事業に投じているものの、それがブランド価値の向上などを通じて将来の企業価値(利益)にプラスに貢献しない場合などがこれに該当します 。このようにESG活動が財務的成果と相反する場合は\( \lambda \lt 0 \) となり、ESGスコアが高い(この場合は慈善事業スコアが高い)ことが、将来のファンダメンタルズや期待リターンに対してマイナスに作用することになります。
これは運用実務上けっこう重要なポイントなので、強調しておきます。
ESGがプラスだからといってリターンがプラスになるとは限らない。
ある会社がESGにおいて優れているとしても、
それが将来の収益にプラスであるか否か(つまり、\( \lambda \gt 0 \)か否か)が重要である。
ということです。ESGが将来業績にプラスとなり(\( \lambda \gt 0 \))、かつそれに他の多くの投資家が気づいていないようなものを発見できれば、ESGがアルファの源泉となりうるといえるわけです。
シナリオ2:すべての投資家がタイプA(ESG意識)の市場
投資家たちが「ESG情報は利益予測に役立つ(\( \lambda \gt 0 \))」ことに気づき、全員がそれを織り込んで取引する世界です 。このとき、高ESG企業の株価は将来の利益を反映して適正水準まで上昇します。
価格に情報が完全に織り込まれるため、期待リターンは通常のベータのみで決まるようになり、ESGによる追加的なアルファは消失します 。これがFig. 2のフラットな黒い点線です。
シナリオ3:すべての投資家がタイプM(ESG志向)の市場
投資家が純粋なリターンだけでなく、ESGそのものに強い価値を見出している世界です。このときの期待超過リターンは、次の式(21)で表されます。
ここでも、第一項はCAPMの仮定に基づいた場合の期待リターンです。重要なのは第二項\( −\pi(s^i - s^m) \)です。市場平均\( s^m \)よりも高いESGスコア\( s^i \)を持つ銘柄は、投資家の選好\(\pi\)によって期待リターンが押し下げられることを示しています。
投資家は、ESGが高い銘柄を好んで投資するので、買い圧力によってそうした銘柄の株価は上昇し、将来の期待リターンは低くなります。企業側から見れば、高ESG企業は安い資本コストで資金調達ができる有利な状態となります。これはFig. 2における右肩下がりの赤い点線に対応します。
結局、ESGはリターンにプラスなのか
4.まとめ:結局、ESGはリターンにプラスなのか?
「ESGはリターンにプラスなのか、マイナスなのか」
この問いに対し、PFP論文のESG-CAPMは次のようなクリアな結論を提示します。
「ESGがリターンにプラスかマイナスかは、
市場がどの状態にあるかによって変わる」
- \( \lambda \)(情報の力)が勝つ場合
- ESGの価値に市場がまだ気づいていない(タイプUが多い)なら、式(17)の通り、アルファが生じて期待リターンはプラスになります。
- \( \pi \)(選好の力)が勝つ場合
- ESGに対する強い選好を持つ投資家が市場に多い(タイプMが多い)なら、式(21)の通り、買われすぎによって期待リターンはマイナスになります。
ここで重要なのは、現実の市場は「いまはシナリオ1だ」のように単一の状態に決まるわけではなく、ESGの要素ごとに複数の状態が混在していると考えられる点です。例えば、G(ガバナンス)のある指標については将来のキャッシュフローを予測する力があるにもかかわらず、市場がまだそれに十分に気づいていない(タイプUの投資家が多い)ため、ESG要素が期待リターンにプラスに作用している状態。一方それと同時点において、E(環境)のカーボン排出量については、気候変動を意識したファンドの増加などで炭素効率の高い銘柄への需要が高まっており(タイプMの投資家が多い)、強い需要圧力によってESG要素が期待リターンにマイナスに作用している、という状態もあり得るということです。
ESGがリターンをもたらすメカニズムは、そのサブ要素ごとに「情報の力」「選好の力」の二つの力のバランスが異なっており、だからこそ総合ESGレーティングで粗く議論するのではなく、ESGの要素ごとに慎重にデータを集め、分析をする必要があるのです。
こうした個別のESG問題に照準を絞ると、包括的なESGレーティングに伴う問題の多くは解消される。…より細分化されたレベルでは、ESGデータによるリターンの予測可能性について、より確かな証拠を確認できる場合もあるだろう。
『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』 ルーカス・ポモルスキ著 第4章 p.73
補足:「期待リターン」と「実現リターン」は別物
ここまで本連載の理論が示してきたのは、すべて「期待リターン(ex-ante)」、すなわち市場が事前に織り込む将来リターンの話です。当然ですが、これは実際に観測される「実現リターン(ex-post)」とは異なります。
たとえばシナリオ1(ESG無視)からシナリオ3(ESG志向)へと市場が移行する局面を考えてみましょう。タイプU(ESG無視)が多数派だった市場でESG情報が徐々に評価され、タイプM(ESG志向)投資家が増加していくと、グリーン銘柄の株価は再評価され上昇します。この再評価の過程ではグリーン銘柄の実現リターンは高くなりますが、再評価が終わった後の期待リターンは低くなります。
過去の高い実現リターンは将来も同じリターンが続くことを意味しません。むしろ投資家の選好シフトに起因する高リターンであった場合、将来の期待リターンはむしろ下がっている、ということになります。このことを実証で示した論文が、書籍「サステナブル投資のパズル」第4章でも参照しているPastorらの論文です。
Pastor, L., Stambaugh, R., and Taylor, L.A. (2022). Dissecting green returns. Journal of Financial Economics, 146 (2): 403–424.
この論文の結論について、書籍第4章では以下のようにまとめています。
...市場は低炭素社会への移行を織り込んで価格を再評価しただけでなく、投資家の選好の変化を反映するよう価格調整を促したということだ。この再評価が行われている間、グリーン企業は好調なパフォーマンスを示す(ブラウン企業に比べて株価が上昇する)。
『サステナブル投資のパズルーファイナンスで読み解くESG』 ルーカス・ポモルスキ著 第4章 p.96-97
次回予告
次回(第4回)は、連載の最終回として、これまで見てきた理論を現実のデータに当てはめてみます。環境(E)、社会(S)、ガバナンス(G)それぞれの指標において、現在の現実の市場はシナリオ1〜3のどこに位置しているのか? という実証分析の結果を解説します。
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